福良英雄著『続 論語抄詠詩』(1970(昭和45)年6月)

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福良英雄先生は、澤田大暁の高等小学校時代の恩師です。

福良先生からこの本を手紙と共に贈られた、と

記録に残しています。

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奥書を読むとこの本はなんと非売品のため、

愛媛県内の図書館の横断検索では県立図書館にしか蔵書がありませんでした。

読むことが出来て良かったです。

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…と思っていたら!

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家に帰ると本棚にひょっこりいるんですよね。

「えーさっきまでいなかったじゃん!」と

なんか脱力しました。(あるあるですよね)

でも中に福良先生からのお手紙が挟まっていたので

そんな脱力などさっとどこかへ消えていきました。やった!

この本の中に、大暁に宛てて作った福良先生の漢詩が掲載されています。

(下記ページ右側です。)

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左端の行五文字目は「壇」ではなく「専」だそうです

記録には、

「恐縮至極である。

 書聖とは恐れ入ったが、先生らしい迫力(剣道達人)が伺える。」

と書いてありました。

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元々大暁は二男で、長兄の忠雄は松山中学(現在の松山東高校)へ進学していたため、

本人は松山高等小学校を卒業したら丁稚奉公でもして就職するつもりだったそうです。

しかし、師範学校が全寮制でしかも生活費が支給されると知り、

二学期から猛勉強をして師範学校を受験することにしたと書いていました。

そしてその際、級友や先生にはたくさん質問をして本当にお世話になった、と

振り返って『習字』誌内の「おもかげ」の随筆に書いています。

(『習字』平成6年12月号「おもかげ 22」、平成7年1月号「おもかげ 23」より)

おそらく福良先生にもいろいろと質問をしたり、

勉強を教えてもらったりしていたのだと思います。

大暁の日記の中には、この本の時以外にも福良先生に関する話題が出てきますので

多分、かなりお世話になったか、励ましてもらったかしたのかなと

勝手な想像を働かせています。

逆に福良先生としても、まさかこんなに頑張って師範学校に受かり、

その後書道の道を志すとは、と

きっと嬉しかったのではないかなと思います。

頂いたお手紙は掲載しても良いものか分からなかったので概略だけお話すると、

知り合いとの雑談の中でたまたま書道の話になり、

その知り合いが「澤田大暁は素晴らしい!」と褒めたので嬉しくなって

今年もらった年賀状を出して自慢してやった、という話でした。

なんだかこちらまで嬉しくなりました。

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