書は心の探究(サンケイ新聞(1981(昭和56)年1月5日)、『習字』昭和56年1月号)

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この新聞記事については、

『習字』誌で『読者のひろば』コーナーが始まった時に

第2回で登場したのでご存知の方は…あまりいないかもしれませんね。

なにしろそれでももう10年以上前の話です。

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サンケイ新聞に掲載されたこの記事は、

この両脇に名前がたくさん書かれてあったので、

多分広告として出したものかな?と思います。

文章は『習字』昭和56年1月号にも掲載されていました。

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なんだか難解な感じの文章なのですが、

結局のところは

古典も臨書をすることで法帖の心に触れることができる

ということと、

自分の感動を表現する手段として、

過去の感動を表現した手段を土台に

現代の要素や個性をを自分なりに加えていくことが書である

ということかなと考えました。

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こういう書に対する考え方を書いている文章は

昔からずっと一貫して同じ信念を持っており、

生涯変わらなかったんだろうと思われます。

自分の心が動いて作品ができて、

そしてその作品がまた誰かを感動させる、というのが

芸術ってすごいなと思うところですよね。

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